港理樹=東京・137期=は、前職がヤマハ発動機の社員という異色の経歴の持ち主だ。二輪のライダーとして世界を股にかける夢を断念して落ち着いた先だったが、安住の日々では飽き足らない。多摩川でボートレースに出合い、オートバイ世界選手権の最高峰モトGPクラスで活躍する親友に力をもらう。舞台を水面に変えた今、夢の続きは刺激にあふれている。(構成・上村 尚也)
―初出走からまだ1年足らず。にもかかわらず、初登場のびわこ(8月26~31日)で節間4度も舟券に絡みました。
「2等や3等の競りがすごく楽しい。もちろんレースだから1等が欲しいですけど、競って2等や3等をしっかり取れた時の方が満足感があります」
―初白星は昨年12月29日の平和島。6コースからトップスタートのまくりでした。
「すごく気持ちよかったし印象にも残ってますけど、1等を求めすぎてダメな時もあります。前を前をと追いすぎてのミスですね。3等を走っていて、2等を追いすぎてミスって、逆に抜かれたりとかがあるんで、まずはキープすることを大事に考えて、そこの冷静さを最近は出せるようになってきました」
―フィードバックと改善が的確です。
「ちっちゃい時からバイクのレースをやっていて、ずっとレースをやる環境にはいたんです。自分がやっていたのはモタードです」
―モトクロスバイクに公道走行可能タイヤを装着したタイプですね。その経験が生きている。
「どうなんですかね。バイクに乗っていた時の感覚が邪魔をしたことがありましたから。左に引っ張っちゃうんです。バイクは曲がる方に体を傾けますからね。最初は苦労しました。行きたい方に体が行っちゃう癖があったんで。身についたら大丈夫でしたけど、時間はかかりました」
―今も趣味でバイクに乗ったりとかは?
「全然乗ってないです。でもレースを見るのは趣味ですね。モトGPの選手で友達がいるんですよ、小椋藍って。日本人で一番速いです。最近、優勝してました。彼のお姉さんがオートレーサーの小椋華恋(28・川口所属)さん。ずっと一緒にバイクレースをやっていたんで、仲はいいです」
―藍選手は6月28日の世界選手権シリーズ第10戦、オランダ・グランプリで最高峰のモトGPクラス初優勝。日本勢の優勝は22年ぶりの快挙でした。華恋選手も男子相手にG1優出など活躍しています。
「親同士が知り合い。幼なじみですね。ちょこちょこ連絡してくれますし、いい刺激になっています」
―それでも港選手はバイクを諦めたのですね…。
「バイクで稼ぐのは無理だったんで、20歳で就職して、レーサーは諦めたというか…。ヤマハ発動機の本社で働いていました。所属は実験部。MT―07(大型バイク)とかの市販車にちょっと乗ったりとか。エンジンとかの悪いところを見つけていく仕事です」
―大企業の社員。安定からの転身です。ボートレーサーを志したきっかけは。
「やっぱり普通の生活が物足りなくて…。バイクから離れて、就職したけどレースで稼ぐのっていいなと思い始めた時に、多摩川でボートレースを見たんです。それで、あっ、こっちだって」
―夢の続きを偶然見つけたのですね。
「正直、仕事と思ってやってないです。ボートレースはシンプルに楽しい。今すぐの目標は準優入り、予選突破。将来的には、ずっとSG、G1にいられる選手になりたい。ずっとSGにいる選手というのは何人かいらっしゃる。ずっとその場所にいられるのはスゲェなと思います!」
◆港 理樹(みなと・まさき)2002年7月11日生まれ。24歳。東京都出身。東京支部所属の137期生として25年11月6日に多摩川で初出走。30戦目の平和島で初1着を挙げた。師匠は梶野学志。「梶野さんの仕事量がすごい。情報量とかもすごいですし、それを見習って自分も休む暇はない。その姿勢は見習いたい」。169センチ、54キロ。血液型A。