27日からは、ついに尼崎ダービーに茅原悠紀は、立ち向かっていくことになる。
これまで見たことのない神妙な表情で男は言った。
「初めてSGを勝ったのは2014年のグランプリで、2度目はその10年後のオーシャンカップでした。でもさあ、最初のグランプリは6枠でしょ。2度目のオーシャンは4枠だった。でもね、やっぱりボートの王道はその大会を初日からリードして、予選をトップ通過してさ、準優勝戦は12Rの最終レース1号艇で逃げて、そしていよいよ優勝戦に白い勝負服で挑む。それを3度目のSGではやってやりたいんですよ!」
◆快挙の佐藤隆太郎にかけた言葉「マジで尊敬」
それは昨年だった。2025年ボート界の輝けるスーパー新星は、間違いなく佐藤隆太郎だった。
1994年生まれの32歳。2014年に115期生としてデビューした。選手生活をスタートさせてから10年は、まずまずの結果を紡いだ。まもなくA1級に定着した。
しかし、SG戦線で超大物ブランドたちとガチンコ勝負に向き合うには、どこか線の細さを感じずにはいられなかった。それが、率直なファンやライバルたちが抱く佐藤評の相場だったのかもしれない。
でも、佐藤はそれを思い切り覆した。昨年3月のボートレースクラシック。佐藤は、優勝戦の1号艇に収まると、堂々と、勇ましく逃げ切った。周囲の期待に満額回答で応じた。
それだけじゃなかった。2か月後のボートレースオールスター。またも、ボート界に誕生したニューヒーローは、V戦1号艇の大役を全うして、人気に応えた。それは決して容易な任務じゃなかった。でも、佐藤はそれを淡々とやり遂げた。
舞台は、丸亀だった。茅原は素直に後輩の偉業に称賛を贈るしかなかった。
「いやあ、あの時のリュータローは本当にすごかった。マジで格好良かったっす。あの開催は、東京支部の選手がほとんどいなかったので、リュータローが2度目のSGを勝った晩、僕はあいつを誘いました。丸亀だったし、岡山にいるなら一緒に飲まないか?って。彼は来てくれました。そして、一緒に優勝のお祝いをしました。その場で、僕はリュータローに言った。『いやあ、マジですげえわ。SGを2度も連続で1号艇で逃げたなんて、本当にリスペクトだわ!マジで選手として尊敬するわ!』 って言いました。その時、リュータローはずっとメッチャ笑顔だった。あいつは頭のいい男ですからね。すごく頭を使ってボートレーサーをやっている。それをわかっているから、あの晩、彼に声を掛けて自分の思いを伝えたかったんです」
そして、佐藤から返礼があった。「あいつが言うんですよ。1号艇で勝つよりも、6号艇とか、4号艇でSGを勝った方がすごいって。な~に、言っているんだですよね。オレのSGは1号艇じゃない。たまたま、その時はうまくいっただけ~って答えるしかなかったです(苦笑)」
◆3度目のSG制覇は1号艇で
だからこそ、ここに宣言してやる。3度目のSGは、ホワイトカラーの勝負服を背負って、あの重圧に耐久して、優勝してやると。
「あれは去年のグランプリでした。僕は(トライアル2nd)2回戦だったかな。マイナス7点の判定を受けました。今になって思えば、あれは痛恨でした。グランプリって、その年の集大成じゃないですか。一年が始まって、11月までにすべてを整えておかないといけない。でも、あの時、僕はグランプリに賞金ランクトップで向かうことができて、もう、ウキウキし過ぎていたんです。あの場でも、いろいろと挑戦したくなって、あのミスをしてしまった。今になって思えば、な~にをやっちまったんだ、オレ!って反省できるんですが、理解できるんですが、当時はそんな心境じゃなかった。もう、すごい選手たちと戦えることにワクワク、ウキウキしちゃって、結果的に決定的な失敗をした。それはいい経験になりました」
そして、2026年尼崎ダービーを目前に控えて、皆の大ヒーロー茅原は、熱く伝えた。「僕はやってやります。難しいことですが、僕は予選トップ通過を目指して、準優勝戦、そして優勝戦と1号艇になって、大会を制圧したい。簡単なことじゃない。それはわかっていますが、3度目のSG制覇は、1号艇で逃げ切ってやりたいっすわ!」
(淡路 哲雄)