決戦前に高らかに宣言した「人生を賭けて戦う」という言葉を完全実践し尽くした。今はその自負しか残っていない。必ずしも結果は伴わなかったかもしれない。期待したファン、家族に最良の報告を届けることはできなかった。
しかし今、菅章哉は世の中の誰よりも文字通りにすがすがしい表情を浮かべながら、これまでの人生で味わうことのなかった不思議な疲労感と充実感を同時に感じ取っている。彼の脳裏と胸に残ったもの。それは、達成感だけだった。
2026年グランドチャンピオンカップが終わった。28日のV戦を勝利したのは、吉田拡郎だった。予選をトップ通過して、栄えある優勝戦の1号艇に収まり、完璧なスタートタイミングと問答無用の1マーク制圧で、自身2度目のSG制覇をここに果たした。
菅は地元SGにホームレーサーとして、ただ一人参戦した。2日目のフライングで早々とV争いから姿を消したが、スガタは消しても、スガの存在感はその後も絶大だった。
勝ち上がりの権利を失った後も、ファンは我らが誇るタウンヒーローに夢と希望を託し続けた。大敗を繰り返し続けても、スタンドを埋め尽くしたファンは菅に限りの声援を投げ続けた。
激動の地元大会が終わり、菅は帰路に就く用意を始めた。通用門には最愛の夫を支え続けた妻が最大の労いの意を抱きかかえながら、待っていた。
二人は自家用車に乗り込み、レース場を後にしようとした。その時だった。かつて見たことのない光景がそこにあった。
ひとつの勝利も手にすることなく壮絶に散った菅を見送るために多くのファンが押し寄せた。「500人はいたと思います」と菅は誇ったように言った(冷静な愛妻は100人ぐらいだったと訂正・笑)。
「もうですね、全く結果を残せなかった僕に、『おつかれ!』『ありがとう!』と信じられないぐらいのファンが集まってきてくれて、車を囲まれて帰れなくなりました(超うれしそうに笑いながら)。今の業界は、帰宅する時にファンとの交流は原則的にはとめられているんです。でも、ものすごいファンが僕のところに集まってくれた。ここでスルーして帰るなんて、僕にはありませんでした。ちょうど、雨が落ちてきたので『本当にみんなありがとう!雨に濡れて風邪をひいてしまわないうちに帰ってください』とだけ伝えました。この一週間、本当にきつかったです。でも、ものすごい数のファンに激励の言葉を直接もらって、ああ、よかった、本当にこの一週間があって良かったって、涙が出ちゃいました」
生まれ育った鳴門での待ちに待ったSG開催。自身の全盛期と時がパラレルして、師と仰ぐ近藤稔也から「集大成のつもりで走ってこい」と伝えられた言葉を菅なりの感性で受け止めて、決戦の地へ向かった。そして、フライングに散った。
直後の彼は、間違いなく憔悴した。放心状態の極地だった。それでも、多くの選手たちが菅に激励の言葉を届けた。みながわかっていた。この大会に賭ける菅の強き思いを。
特に森高一真は、一番といっていい理解者だった。森高は思いやりある男である。世の中にやさしい人間は大勢いる。何なら、やさしくない人間より存在する。
でも、やさしい人間は多数存在すれど、思いやりある人間はまるで多くない。でも、その一人が森高だった。
菅のデビュー当時から、その成長を見守っていた森高は、彼特有の言葉と表現で失意の地元スターを激励した。
菅がいう。「今節は森高さんのお陰で何とか頑張れました。フライングの後は、チルト3度で攻めるしかなかった。でも、スタートタイミングは行けない。2度目のフライングは絶対だめなので。でも、僕はファンに1着を届けたかった。だから、タイミングを攻めてしまった。チルト3度はレバーを離してしまうとだめなんです。タイミングは合わなくても、スリットを全速で行かないとチャンスは生まれない。放ったら、森高さんから『スガはヌルいわ』と叱咤され、タイミングは遅れても全速で切ったら『よくやった』と声を掛けられました。どっちにしても結果は出ませんでしたが、それでも森高さんは僕を見守っていてくれました」
菅が愛してやまない妻もいった。「森高さんは主人がデビューの頃からずっと気に掛けてくれた先輩です。森高さんが同じ開催にいてくれたので、安心していました」
森高をはじめ、周囲のサポート、励ましを浴しながら、何とか菅は地元アンバサダーとして機能し、ついに激動の一週間を乗り越えた。
開催中、菅は疲弊の極地にいた。「もう、レースが終わるとくたびれすぎて、休憩室で倒れてしまいました。今、メッチャ寝ぐせが付いていませんか?さっきまでぐったり横たわっていたので」と笑いを誘った。
すべての任務、レースをやり遂げて、彼はファンの群衆に深々と頭を下げて、ようやく自宅へとたどり着いた。
レース場ですら、立っていることすら苦痛で、スペースがあればすぐさま倒れるように横たわった彼だったが、開催が終了し、自宅に戻っても部屋に閉じこもる時間は1秒もなかった。
最後の力を絞り出して、彼を支え続けた愛妻、溺愛する3人の子供たちと手をつなぎ、日頃から交流する行きつけの店へと向かい、気心置けない幼少時代からの幼なじみや、親友たちとささやかな打ち上げを取り持った。
その場で、菅は気心置けない側近たちひとりひとりに「ありがとう、ありがとう」と声を掛け続けた。「ホンマにファンと僕を支えてくれる人たちがいなかったら、今の僕はいません。あのファンの声、ここにいるみんなの顔を見ているだけで、疲れは飛んでいちゃいます。そして、今回の経験をまたいつくるかわかりませんが、次の地元SGで生かさないと。もう、このまま選手を辞めて違うことをしてもいいかなって思う時もなくはないんですが、いやいや、今回の経験を必ず次の時に生かさないと!集大成はまだまだ先になりそうですね!」
最後はいつものちゃめっ気全開のスガスマイルで教えてくれた。
「開催中に、ずっと『フライング 菅章哉 賞典除外』という通知が選手控室に張り出されていました。大会が終わった後に、そのコピーを関係者の許可を得て頂いてきました。今後、さらに強くなって帰ってくるために、僕の人生の思い出にその用紙を大切に残しておこうと思います。本当にすごい一週間でした。でも、僕は幸せです!」
菅章哉、貴殿はすごいです。阿波のリトルジャイアント、ここにそびえ立つ。「今はただただ、愛する奥さんを抱きしめたいです(笑)。来月はフライング休みですが、トークショーで何とか生活費を稼いで、子供たちとたくさん一緒に過ごします(最高の笑顔で)」
(淡路 哲雄)